電車は朝の通勤ラッシュであった。
車内は手の位置を変えることもできない程の混雑ぶり。
私はこの混雑に嫌気がさしており、次の駅への到着を静かに待っていた。
ようやく次の駅に到着した。
扉が開くと、人が滝のように流れ出ていった。
これで少しは落ち着くと思ったときだった。
「ふぅんだ、コォらーー!(◎_◎;)」
車内に響き渡る怒声。
その怒声のほうへ目を向けると、30歳くらいの
男だった。
スーツを着て、ビジネスバックを持っている。
おそらくサラリーマンであろう。
しかしビジネスマンらしからぬところがある。
それは髪型と目つきだ。
髪型はいわゆるリーゼントスタイルを
少し崩したような感じ。
(サラリーマン風に抑えたような。)
さらに目つきは、通常のサラリーマンのものとは違う鋭い光を放っている。
おそらく昔ツッパっていた暴走族あがりが、
いまはまじめに会社勤めしてますといった具合だろう。
男は怒声を上げたかと思うと、降りる人の滝に混ざりこんでホーム上へ向かっていった。
そのまま降りていったのかと思ったが、
しばらくすると乗車する客に混ざり、再び車内へ戻ってきた。
よくみると、もう一人一緒に乗車してきたようだ。
もう一人の男は、小太りで眼鏡を掛けている。
身長は165cmくらいだろうか。
マジメそうな中年サラリーマンだ。
サラリーマンはリーゼントに胸ぐらを掴まれて
いる。車内に引きづり込まれたようだ。
リーゼント:「おまえ人のバックに当たっといて
ガン飛ばして終わりかよ。」
サラリーマン:「ガンなんて飛ばしてねーだろうよ。」
リーゼントは、さすがにケンカ慣れしているといった感じだ。ビビった感じがまったくない。
対してサラリーマンのほうは、明らかにケンカをするようなタイプではなく、リーゼントの気迫に押されている感じだ。
ただしあまり舐められてはまずいという気持ちも
あるようで、精一杯強がっている感じだ。
そのへんが ”ねーだろうよ” という言葉にも
表れている。
リーゼント:「おい、おまえ会社どこだよ。」
リーマン:「会社は関係ねーだろうよ。」
やり取りは続いてゆく。
リーゼント:「次の駅で降りろ。」
リーマン:「時間ねーだろーよ。」
リーゼント:「おまえさっきの駅で降りようとしてたろ。」
降りようとした男:「・・・・・・。」
リーゼント:「このままどこにいくんだ?」
目的地不明の男:「・・・・・・。」
リーゼント:「やるんだろ?」
誘われた男:「・・・・・。あたりめーだよ。」
二人は次の駅で降りることに、同意したようだ。
我々には、二人を見守ることしか術がない。
電車はまもなく次の駅に到着する。
無言で到着を待つ、二人の男。
徐々に電車のスピードは落ちていき、とうとう完全に止まった。
扉がゆっくりと開く。
人が滝のように扉へ流れていく。
二人の男も、その流れの中で扉に向かっていく。
すると突然、サラリーマンの男が
なぜかクルクルと一回転をしだした。
なにかを探しているように見える。
その間にリーゼントは押し流されて、
前をいく形となった。
そしてリーゼントは、そのままホームへ押し出された。
その後方からは、サラリーマンもゆっくりと
扉に向かっている。
” トゥルルルルルル・・・・ ”
電車の発射ベルがなった。🔔
サラリーマンは扉付近にきたその時、
ピタっと足を止めた。
ゆっくりと電車の扉が閉まってゆく・・・
時が止まったように感じられた。
すべてがスローモーションで動きだす。
ホーム上から、ゆっくりと振り返るリーゼント。
その顔を、閉まるドア越しに無表情で見つめる
サラリーマン。
瞳には光を宿している。
「おおぉーい‼︎!(◎_◎;)」
リーゼントが物凄い顔で、扉に突進してきた。
閉まりかけた扉は、再び開いてしまった。
ものすごい顔で、車内の奥に逃げてゆく
サラリーマン。
車内に戻ったリーゼントは、
「ちょっとすみません、ちょっとすみません。」
そう言いながら、人混みをかき分けてサラリーマンのもとへ向かっている。
サラリーマンも奥へ奥へと逃げる。
追いかけるライオン、逃げるシマウマ。
シマウマはとうとう壁際に追いやられ、
逃げ場を失った。
ライオンは鼻息を荒げて、もうそこまでやってきている。
そして捕まった。
リーゼントライオン:「てぇめー、ふぅざけてんのか!(◎_◎;)」
リーゼントに胸ぐらを掴まれる、サラリーマン。
メガネのブレを右手で直している。
リーゼント:「ふざけたまねしやがって。もう逃さねーからな。」
そう言ったまま、ずっと胸ぐらを掴んでいる。
そして、電車は次駅へ到着した。
扉が開くと、リーゼントは胸ぐらを掴んだまま
ホームへ引っ張っていった。
さすがにこの状態では、扉付近でクルクル回ることは不可能だ。
ライオンとシマウマは
そのままホームという名のジャングルへ
消えていった。